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第40回「意識の胎動」

業界の意識が変わりつつあります。
建築で超高層域の外壁部材信頼性にNO!の評価が下されつつあるタイル、品質への価値回帰が本流です。
いまだにコスト怨念は消えず、“渡る世間の呉越同舟”顔見せ会合を繰り返す中、もの言う志士も見え隠れします。


【小林虎三郎“米百俵の精神”】
幕末維新の風雲は、戊辰戦争で長岡城下にも及んだ。 長岡藩は、軍事総督・河井継之助の指揮のもと、奥羽越列藩同盟に加盟し、新政府軍と徹底的な戦闘を行った。このことは、司馬遼太郎の歴史小説『峠』で広く紹介されている。その結果、250年あまりをかけて築き上げた城下町長岡は焼け野原となり、石高は7万4千石から2万4千石に減らされた。
 幕末に江戸遊学をし、佐久間象山の門下生であった虎三郎は、独自の世界観を持ち、『興学私議』という教育論を著していた。戊辰戦争の開戦に際しては、長岡藩が参戦することに反対の立場をとっていた。敗戦後、文武総督に推挙された虎三郎は、見渡すかぎりの焼け野原のなかで、「時勢に遅れないよう、時代の要請にこたえられる学問や芸術を教え、すぐれた人材を育成しよう」という理想を掲げ、その実現に向けて動き出した。明治2年(1869)5月1日、戦火を免れた四郎丸村(現長岡市四郎丸)の昌福寺の本堂を借りて国漢学校を開校し、子どもたちに「素読」(論語などの読み方)を教えた。
 翌年5月、長岡藩の窮状を知った三根山藩から米百俵が見舞いとして贈られてきた。藩士たちは、これで一息つけると喜んだ。食べるものにも事欠く藩士たちにとっては、のどから手が出るような米であった。

しかし、藩の大参事小林虎三郎は、この百俵の米は文武両道に必要な書籍、器具の購入にあてるとして米百俵を売却し、その代金を国漢学校の資金に注ぎ込んだ。こうして、明治3年6月15日、国漢学校の新校舎が坂之上町(現大手通2丁目、大和デパート長岡店の位置)に開校した。国漢学校には洋学局、医学局も設置され、さらに藩士の子弟だけでなく町民や農民の子どもも入学を許可された。国漢学校では、小林虎三郎の教育方針が貫かれ、生徒一人一人の才能をのばし、情操を高める教育がなされた。ここに長岡の近代教育の基礎が築かれ、後年、ここから新生日本を背負う多くの人物が輩出された。東京帝国大学総長の小野塚喜平次、解剖学の医学博士の小金井良精、司法大臣の小原直、海軍の山本五十六元帥……。
 この国漢学校は現市立阪之上小学校に引き継がれ、「米百俵」の精神は長岡市のまちづくりの指針や人材教育の理念となって今日に至っている。


 この国漢学校創立時の故事をもとに、文豪・故山本有三氏が戯曲として書き下ろしたのが『米百俵』である。この戯曲は、虎三郎に関する詳細な研究と合わせて一冊の本にまとめられ、昭和18年(1943)に新潮社から出版された。 山本有三の戯曲『米百俵』の中で、虎三郎は「早く、米を分けろ」といきり立つ藩士たちに向かってこう語りかける。 「この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。国がおこるのも、ほろびるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。……この百俵の米をもとにして、学校をたてたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかりしれないものがある。いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日ぐらしでは、長岡は立ちあがれないぞ。あたらしい日本はうまれないぞ。……」
 教育と反戦の思想で裏打ちされた戯曲『米百俵』は大ベストセラーとなったが、時代は軍部の支配下にあり、反戦戯曲だと強い弾圧を受けて絶版となり、自主回収の憂き目を見た。 それから約30年後の昭和50年(1975)、長岡市が『米百俵 小林虎三郎の思想』を復刻出版すると、大きな反響を呼んだ。また、昭和54年(1979)と平成13年の2度にわたり歌舞伎座で上演され、多くの人々に感銘を与えた。


 米百俵が来る
虎三郎が弟雄七郎にあてた手紙には、「長岡藩は極度に窮迫し、士族の中でも日に三度の粥すらすすることのできない者がいる」とある。
 こうした状況の中で、明治3年(1870)5月、長岡藩の支藩である三根山藩(現西蒲原郡巻町)の士族たちから長岡藩士族へ見舞いとして米百俵が贈られてきた。米百俵は当時の相場でおよそ金270両前後。そば一杯がおよそ24文、金1両は約10,000文であったので、いかに大きな贈り物であったかがわかる。
〈長岡市庶務課にお断りし、ホームページ掲載を転載させていただきました。〉
長岡市ホームページTOP 〜 米百俵の精神


 “安きゃやんない。”差引きの精神構造、原価から品質を差し引いてのコスト計算は過去に経験しています、今はそれが未来を閉ざすとの確信で“米百俵”を刻み進んでゆきます。


企業の真価は社員個々の人間性の成長に拘わる”  “ 紙一重の差の積重ねが勝組に!
生保講習会「経営の小さなヒント」で感じた一説。


「ただ今会議中です。」の電話応答、自社都合優先体質の堂々とした表明・・・
お客は黙って去ってゆく

“顧客第一のスローガン”ウソはないか?小さなウソがウソへの麻痺へ!


言いたい事の言える会社にしよう・・・!   ウーム・・・?
言いたい事を言うには“勇気”がいる・・、勇気は・・“信念”から来る!
信念って・・・それは・・・成長した人間性の証、そんな人間の集まりが信用を生む。


やり過ぎずやりっ放しにせずISO・・・ 再認証は取得できたが・・・(-_-;)
 平成18年 7月 7日
 
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第39回 「戦われにあり。」

 ネットワーク利用のリクルート採用に挑戦しました。
結構突っ込んだリクルート取材で、インタビューは社長・部長・社員と続き、現場撮影や打合せシーンまで、伝える事の情報量とかポイントなど立ち位置の相違を考えさせられる展開です。

・採用する社員に何を一番求めますか?
・会社の未来をどのようにお考えですか?
・ どういう将来を提示しますか?

人生を賭けて応募してくる人材にどう応えるのか、リクルート担当者の質問につい口篭もる思考の貧困さ、成り行きにまかしている部分の多さを目覚めさせられた瞬間、一定領域より先への踏み込みを後押しされます。

今月は前回投稿が一週ずれたせいか、〆切りがもう来たとの狼狽にまかせ、最近のグルメ状況を少し・・・。
去年の暮れから嵌っているのが
三宿のピザ屋さん!

なによりベースが最高、フォカッチャで充分満足、一階の窯で焼いているピザを横目に予約した3階を目指します。

チャージ500円は値打ちのゆったり空間、スカパーサッカーでチョッとの退屈もしのぎ、イタリアワインでメニューの流れにじっくり時間をかけ・・・やっぱり決まりの“シチニエリ”、しっかりシラスの載ったピザ、そっくり模型のドルチェ選びも楽しい時間、エスプレッソでの余韻から次の機会は・・・と馳せてゆきます。

渋谷のホッピーも少し・・・。
ガード横の汚い店だけど愛着を感じるヤキトリ屋!
塩で焼いた盛り合わせにホッピー、少しゆるめの辛子をつける・・・
お決まりメニューの“シラスおろし”“冷やしトマト”でホッピーがすすむ、
客の入りが薄いといつものヤツ・・・平手を打ち焼台上から顔を少し出して

「いらっしゃい・・チョッとどう!」

堺俊二(マチャアキの父)を思わせる表情がイイ感じです。
2〜3杯飲っちゃうホッピーでしっかり酔います。
もう一軒、  麻布十番 “ 干物定食 ” 
お遣物に便利した干物のお店が和食屋さんをやっていた!

試しに¥2100円の干物定食チャレンジからの話です。
まずは
“じゃこサラダ” 針割きのごぼう人参に胡麻多め、 
“おひたし” “塩辛” 
そして本日の干物、人数次第では “ 大カマス ” “ 甘鯛 ” “ 金目鯛 ” もチャレンジ領域に、 “ 釣り鯵 ” か “ カマス ” というところから、茶漬け・稲庭うどん・茶そばを気分で選び締めの時間。
気分も乗って話も弾む展開・・ありがたいお店なのです。

また変わって ブラックジャックの話
とはいってもマンガではなくそのモデルと言われたカリスマ医師・南淵先生の講演拝聴から・・・。

パワーポイントレクチャーから、急に映像にチェンジ、心臓手術のショッキングな場面、大動脈弁最後の縫い付けの時、つぼめたホースから水が出るように血が噴出したのです。
みるみるうちに患部は血の海、手術失敗例というか不測の事態例公開だったのです。

ホテルを使っての朝食会形式の講演、医療最前線の生々しい場面に接し、心臓外科手術20例中4例が死亡に至った医師が責任を問われた話とか、緊急手術200例中10件は助ける事が出来なかったなどの話、映像の患者さんは一命を取り留めたのですが朽ちかけた血管が裂けた緊迫、そのままが過ぎるほど伝わってきます。

名医師が不測の例を敢えて取上げての講演、自らを追い込み、更なりの難易度に向かう強い決意を感じます。

<< わたしの出会った大切なひと言 真宗大谷派東京教区編 から >>
“ 「たら」 が ついたら、 あかんぞな。 ”


 説教の帰りに、あるお婆ちゃんから 「 ・・・・さん、「たら」がついたらあかんぞな 」  と言われた。
私が 「 どういうことか 」 と思っていると、
お婆ちゃん曰く、  『 ○○があったら、こんな苦労もせずに済んだのに、ということですよ 』。

その時、私の脳裏をかすめた。
「遇うこと難くして遇うことを得たり」とはこういうことか、と・・・・・。

お婆ちゃんありがとうよ。
お婆ちゃんの「たら」は禁句のことでした。
今日の一日は、ともに笑顔で別れました。

忙しいという人は忙しいというだけまだ余裕がある、困難は困難と思う自分との戦い
・・・なんとか投稿が間に合いました。

平成18年 6月 2日
季節を感じる写真2枚は友人がmailで送ってくれました。多謝。
 
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第38回「薫風」

強烈な春のアピールが黄緑色の光線に載り爽やかを運んできます。

そよぐ風は薫風そのもの、よどみのかけらもない爽快、
一辺の迷いも曇りもない心情とはこのクリアな感じか〜とイメージします。

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迷いなく生きる・・・
難しい!?

ふと考える日々の心情、晴れやかであれと・・!

“ 正義にこだわると、時代の逆風に苦しむ。 ”

・・・最近つい考える “ 業界はどうなってゆくんだ ” などのジメジメを思いっきり振り払いたい、
そう思わせる春の日々・春のエナジーからもらうおやつです。
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少し間があいた中国歴史小説の読書が復活しています。

4大文明と言われる黄河文明、日本では飛鳥の前、弥生の前、縄文の頃か?
夏王朝そして殷王朝、新宿御苑の大きさをイメージする “酒池肉林” の大宴会、
池をすべて酒で満たし、肉を木に見立て、ありのままの姿で欲望丸出しでの大宴会、
政敵をおびき出し暗殺が目的の企て、ものの本での理解なれど、スケールはちと違うとの驚きです。

骨に刻んだ文字での記録、記録する事が発展のスピードを促がす、気の遠くなる過去でも、
人間の持つ素性はそう変わらないと気付きをもらう悠久の出来事、文字を生み出した先達に敬意です。
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今回読んだ小説、時代背景は秦の始皇帝没後の混乱期、
中原と言われる黄河周辺での武勇英傑の激動人生艱難辛苦がテーマ、
秦から漢へと覇権が動く時、「虞美人草」「四面楚歌」「背水の陣」語源の事柄を読み進む、
こういう事かの納得が興味推進エンジンです。
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さて、私の歴史認識を少し。

“ 酒池肉林 ” など暴君暗愚の殷の紂王は、周に滅ぼされます、 周の王を神と崇め連邦が形成され、
都市国家のような小国の離合集散から覇権を目指す有力国家の顕在となる時代を「春秋」と称され、
その周王朝で子が親を殺す・長男と三男が殺し合いなどの凋落で戦国時代に突入、
秦・晋・趙・鄭・陳・宋・斉・魯・楚の群雄割拠から秦が抜け出し覇権を握り、初代の王が皇帝を名乗り、
“ 始皇帝 ” となるのです。

秦は法治国家といってよく、人心の掌握無しでの厳しい賞罰履行から、徐々に反乱の芽を醸成してゆき、
御身大事の寧臣 “ 趙高 ” 操る暗愚 “ 二世皇帝胡亥 ” になると、
現場出面70万人といわれる 巨大神殿 “ 阿房宮 ” 普請など、
考えられない人心窮乏から一気に大反乱へと移って行きます。

野に下った列国は一斉に勇躍叛旗を掲げ、この後統一を果す “ 劉邦 ” 率いる “ 漢 ” の国が形成されるまで、
“ 楚漢戦争 ” と言われる人口が半減するほどの大殺戮が展開されるのです。

500年くらいを一気にまとめてしまいましたが、孔子・老子などの哲学者が生まれ、
権謀術数権力闘争の親子覇権争い・暗殺横行の殺伐から人を説いている時代と感じています。

仏教はまだこの後300年後位? 三国時代に広がりを見せる、奥の深い中国史です。
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現在、 「 国家の品格 」 という本の読書中で、
前段の欧米論理主義否定のくだりから、一向に納まりそうにないアメリカ批判や自爆までを決意してのテロ横行が始皇帝時代とオーバーラップし、なを続く更なる混乱への想念が否定しがたく、マトリクス的英雄待望気分になってしまいます。

粗野残忍と評される楚の “ 項羽 ” 、覇権達成に “ 楚漢戦争 ” 後盟友を掃討した

“ 劉邦 ” 、渡河中の攻撃は信義にもとると渡河後の決戦で大敗した「宋襄の戦」での宋王、
『 香乱記 』 として潔く生き、潔く後世まで語られる自刃の “田横” と、未来を決する場面に直面した自分への判断基準となる史記の数々、 「 欲望の門を閉ざせば身を終えるまで疲れない。 」 と主人公の心の表現からもらう気付きにも、閉ざす勇気の標高は天にも届く・・・・?
 我が心念のコアかと戸惑いを覚えます・・。
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 出会いは人生の羅針盤、愛は帆をはらむ風。 テレビ“波瀾万丈”での言葉・・  薫風にあこがれて・・・。
 平成18年 5月 12日


 
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第37回「&サムシング」

 突然競争相手の同業者から電話があった。 新しい競争相手が増えるとか・・
“新しい業者増やすくらいなら当社を推すからうまくやろう”  そんな内容・・・
呑み込んだ“勝手にやりなはれ” の言葉、あきれた気持ちにさせられます。

 密かに馬の合う同業者仲間との前向き喧喧諤諤が広がりそうです、価値を提案して競争のステージを今までにないレベルにする、そこに優位性を求める。

お酒も入るけど意志の整合はスムーズ、そんな会合仲間を増やそうと一致していた意思が業界の渇望に反響した感じです。

 工事責任範囲と見積条件明示や、作業内容の領域拡大と賃金との整合、職方生活レベルの向上など、問われている問題の具体的解決策を時系列に照らし構造的に解決してゆく・・・

検討のステージが開きつつある感覚です。

 日曜日、ジャズコンサートに出かけました。

「池野成秋とノーティーボーイズ」熟年メンバーのパワフルな演奏、‘50年代のフルバン曲中心の構成で、エリントンやベーシーの曲に痺れます、ライブハウスより明らかにスウィンギー、本気のアップテンポに身は踊り指が鳴ります。

 幕間のMC、池野さんのトークに“ヤジ”

   「小さくて聞こえないよ〜!」(小さな笑い)

   「山ちゃん難聴なんじゃ・・・?」(笑い)

   “ヤジ2・3”
  
 「一級上の先輩です、先輩は何処まで行っても先輩で・・・牢名主みたいで・・ !」(どっと大笑い) 

そのやりとり・・誇る思いか・・映画「ビッグウェンズデー」最後のシーン、大波に挑む若者を称える昔のコーチ、誰ともなくつぶやく「彼らは最高だ・・・!」脈絡のないオーバーラップです。

  続くファンキーなメドレーにふと自由が丘ライブママのDMの一言が・・・。

“&サムシングを求めて”

よくわからない記述ではあるのですが、ジャズシンガーのママ、歌っている自分を見つめている別の自分がいて、そのサムシングに自分の納得を問いかけている・・・とか?? 

“ノリ”ってやつかもで、歌ったり演奏したりその途中でつきあがるように胸踊る感覚・喉が締まるような感覚・・そう!自然に笑っちゃう!・・荒川静香が演技を終えて笑みをこらえているようなとも似て・・この演奏ってそれだよな〜!!

最大クレッシェンドして・・静寂ピアノの3連符「One O’clok Jump」 ジェラシー感じるカッコよさ、アンコールでの「“A”トレイン」気障な場面設定とやられたの拍手精一杯でした。
 花開く春、我が娘も社会人一年生、会社に戻す保険証をしばし見つめ思い出に浸ります。

「生きることすべてが矛盾である」
ある年の成田山新年講話の書置き、

なんとなくわかるような生あるものの刹那・・代をおくる刹那・・・



「思いっきり生きろ・・!」
 平成18年 4月 7日
 
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第36回「ちょっとしたことから」

旬な話題で、早朝から身体をねじり涙したフィギアスケート、私の涙は顔がくしゃくしゃになって出てくる模様が、涙腺拡大かポロポロっとの涙と一緒に画面に拍手です。“金メダル”いいもんですね〜!

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 年に一回合宿研修として、ケーススタディーを経験します。
今回は“ビジネスモデル”がテーマ、講演のあと7チームでのグループ討議、6〜7名でチームを組み、チーム内企業一社に付いてのモデルを全員で考える構成、各社の自社モデルをチーム内で発表した後に選定、その一社に選ばれた今回でした。

 リーダーとして展開してきた社内の在り様をありのまま話し、澄んだ目と発想の素朴な質問や意見を聞く、顔が熱くなり背中が滲みます。
いや・・いやいや・・そうじゃない・・ちょっと無理・・と思っても、しばし冷静になると「それもありか〜〜・・・、あ〜皆そう思っているかも〜〜そうだよな〜・・・。」のスリコギタイム、結構きついし気付きになるし、有難いと思える時間でした。

 自社の強みは・弱みはと始まり、花形製品は・金のなる木は・問題児は・負け犬の領域?と、業態を分類し自社業務に当てはめ考えます。他のメンバーの事情も良く解り、意外と“そこだ”とのポイントは当たってるんだと、自分への指摘を反芻します。総括の発表者は他のメンバーというところが印象です。
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  古い手帳を読み返した関連から・・・。

5年前の手帳「新年の経済と経営」という書置きから始まっています。
100年後を予測する・・というくだり、1901年には、無線電信電話が写真電話になる、物流革命は鉄道速力10倍をなす・・などです。
鉄道は東京〜大阪20時間が2時間半で当たってる、携帯電話・宅急便などの現在、面白い比較資料と目が止まります。

 「同じ商売を続ける限り、単価が下がり続ける社会が来る、既存のマーケットに依存するから・・・・。」今までのビジネスモデルを変えよ、ユーザーの求めるサービスの比重を上げよ!と・・・。

ビジネスモデル論議に、5年間の感性変わらず、まことに自分の足元に都合よく、踏み出す事へのためらいが支配しつづけた証明と、これからの“そんな〜”と思われる講演内容でも“流すなよ〜、考えろよ〜!”と戒めが支配します。
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この2月、結婚式の参列が続きました。
実家新潟で挙式する社員のお祝いで出かけた新幹線車中でのこと、満員の帰路、隣の若者がいなくなったなと思ってしばらく、小柄な初老の婦人が座ります、彼は席を譲ったのか・・?
そのまま彼は現れません。

往きでのこと、席を取ってくれた事務の社員との二人旅、通路を跨いでの席次です、妻が泣いた新婚旅行の機内を思い出しそんな話題でしばしの盛り上がり・・。

またこの週末は新潟大学の入試があり新潟市内のホテルは満員だとか、上京してきたお袋との卒業式、武道館に入れなかったな〜と思い出します。
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【先輩からもらった本「わたしの出会った大切なひと言」から】

《元気出せ!ねえちゃん》 毎日、劇団の稽古に通っていた頃のこと。
役にも人間関係にも行き詰っていて、私の足取りは重く、表情も暗く、うつむき加減に歩いていました。
 朝、家を出て数100メートルの地点です。
正面から自転車が一台、私の横を通り過ぎる瞬間、「元気出せ!ねえちゃん」と言ったのです。
ハッとして振り返りましたが、自転車は遠く、知らん顔でした。

 私は、その場所を通るたび「元気出せ!」を思い出し、今でも勇気づけられています。
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 ふと思う一瞬、そんなことが大きく、そんなことで新鮮に、そんな記憶が自分を励ます・・・。
あまり大きな抑揚を感じなかったな〜との今月、日々の断片を思い出し、結構ちょっとした事に手応えを感じ、抑揚していると少しの納得です。

 “人の心は掴めない、人の心は汲むものだ”
・・・大切な一言から、・・新幹線の若者は譲ったのだろうな〜・・・。
 平成18年 3月 3日

 
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第35回「“こだわり”を思う」

JR渋谷駅の改札を出ようとして 「ピンポーン!?」 r(・〜・*)
・・・スイカ精算が270円 (・_・)?・・・
怪訝な思いで切符を見つめ、改札へ・・・

「東京駅までの切符を買って、渋谷まで乗り越し270円はおかしいですよ、東京〜渋谷は190円でしょう???」

 勝浦からの帰り、東京駅京葉線下車からは地下鉄利用が便利だとは思いつつ、山の手線内無料との思いで選んだ経緯 ・・・・改札渋滞に  「 いいです・・・ (●`∩´ ●#) 」  の状況処理、納まるまでの時間も少々・・・。

この前段、外房線での駅、早すぎた到着に特急列車便変更を・・・
乗車間近なのにやけに慎重な駅員、自分に続く行列の緊迫が伝わってきます。

乗客マインド (≧ω≦) (; °_°) と乖離する状況、経験値からの“大丈夫”判断があるのか、いかにも時間がかかります。
“ナンカ違うな〜”お役所仕事への偏見?そんな引き摺りも・・・。

 始発駅からの距離による差額との説明 (◎0◎) 、“そうかな〜〜”久々の沸騰です

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 「最近どう?」

挨拶代わりのまくらことば、どう答えようか一瞬の迷い、よく出くわす状況、
仕事がどうなのか ・ 具合がどうなのか ・ 今なのか ・ この先か

歯切れが悪いアンバランスな自分にネガティブを感じるとき・・・。
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 “こだわる自我とうまく付き合いなさい” 
そんなテーマと感じた正月休のNHK番組「現代言葉での般若心経」
解りにくいけど引き込まれた番組、人の尊厳・生きる意味・死の享受・・すごく解り難い、そんな中こだわる自分がもたらす不安定な時間、不安定な精神はこだわりを捨てる事によっていかにも安定して過ごせる・・・、気がつかない自我に支配される時間を捨てる・・・・??

 “山の手線の出札車掌に賃金体系の矛盾を改める運動を起こせ”と思っているのか俺は??

 “指定券窓口の手続は列に並ぶ乗客の不安心理を除く配慮をする”マニュアルをJRが制定すれば納得するのか俺は??

 一本後の電車に乗ればよかったのでは?山の手線内の切符を最初から買っておけばいいのじゃなかったの?

 普段自分が感じる歩道の自転車通行など、なにか変にこだわっている自分を感じて・・・ 「真実の智慧の根本とはなんでしょう、般若心経の262文字の中には21の無という字が出てきます・・」そんな話に、よくわからないけど“ムッ”とした時は自分の“我”が起き上がってきた時だと思い、“いいじゃない”と思うようにすればいいのか、そうしてみようと思ったいきさつをこんなに・・r(・〜・*)
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まったく違って、日曜日のニュース「高校生プロレスラーメキシコ修行へ!」本当にドーンときました。
知能障害者を両親にもつ高校生レスラー・苦学からの自立・超えられぬプロの壁、あくなき挑戦が続く・・・!
負けるのは俺が弱いから“強い思いからの衝撃波”親から離れてメキシコへ・・!

正直自分の中にもある障害者への偏見・・・自らへの嫌悪と修正・・・息子を見送る成田空港のシーン、姿が見えなくなってからの母親の豪涙、親の感情はすべて同じだ〜〜涙腺弱いです。
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 今朝のニュースで熟年には感涙ブームだとか、週末には感涙の「男たちの大和/YAMATO」を観に行ってみようかとも、涙は心の汗・・?でもスッキリ感に背を伸ばして歩きたい気分に・・、「大地の子」のビデオも良かった!
 平成18年 2月 3日
 
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第34回「年の瀬の人模様」

メーカー納期が2ヶ月も延び、需給アンバランスに景気の潮目を感じる年末の繁忙です、納期対応・労務調整に追われる工事部、マンパワーの補いで度々現場安全協議会に出掛けました。

協議会後のミニ安全協議会、パトロール結果及び今月の安全方針など決定した事項を自社職方に伝達する時間、職長が職方全員を集め詰所に控えます、現場文化の変化、数年前との違いに大いなる驚きです。

安全課題にも問題を感じます、習慣と作業性、当社が定めた現場安全目標と実際の作業に矛盾があります。事なかれ主義・長いものには巻かれろ主義、受身感覚・うるさい現場だけやればいい、無くならない事故の中枢ってそんなところかも・・・。協議会報告を伝えながら、放置し続ける自分自身へのいらだち、全ては自分から、パンドラの箱・禁断の扉を開けるのだと、挑む気持ちを焚きつけます。

 ・ 単独脚立最上部作業の禁止 ⇒三尺脚立(90cm)しか準備していない目地工・洗い工の脚立最上部作業は避けられない。
 ・ 外部足場上作業に安全帯使用は作業性の大きなダウンになる。
親綱使用で改善できないか?

トップダウン型・妥協周知型ではない手法、理解を生み出してゆく全体参加型が良いのではと、新年自ら参加の問題解決へ挑戦します。

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高校同窓会の縁が広がります。
たまたま宿提供になった半月前の一級先輩の訪問、当社飛び入り月曜朝礼挨拶の展開にもなり、自らの姿勢への手厳しい指摘も、人に投影するはっとする瞬間、得がたいステップアップと感慨と感謝です。

先輩の人となり、奇癖も・・・。
小田急電車のホームで:振り向くと後ろにいるはずの先輩ははるか後ろで高校生のグループとなにやら・・・?

先 輩 「今日試合やったんか?」
高校生 「そうっす!」
先 輩 「どないやってん?」
高校生 「・・・・。」
先 輩 「兵庫県の川西ゆうとこで先生やってんねん。」
「なんのクラブや?」
高校生 「バスケット!」
先 輩 「ここでクイズ、・・・何の先生か判るか、@保健体育、A理科、B国語・・・」
高校生 「▼※%&£★§○◇¢$▽・・・・」
先 輩 「クイズ2:先生のな、学生時代にやってたスポーツ当ててみい!
@ラグビーAサッカーBソフトテニス・・・」
高校生 「ソフトテニス!!◎◆〒△♀∞℃*⊃∈・・・」
愉快なやり取り、電車到着で中断です。

そして次の日、JR戸塚駅のホーム
先輩
「明日の飛行機便変えよう思うねん・・。」
「日航国内(25-5971)掛けたらええんちゃいますか。」


背中を叩かれ
「おい川越!この人西宮に住んどったんやて・・・。」
ええっ!
「飛行機便変更できて書くもん、この人に借りてん、
ほんだらな、私、昔、西宮に住んどった言わはるんねん、びっくりするやろ!」
 
「西宮の何処ですか?」
 
「えっ香枦園、川越、香枦園って知っとるやろ・・・。」
「僕の後輩の川越言うんです、昨日から世話なっとるんですわ・・・・・・・・。」


すべては、こんな展開。自分からのああでこうで・・・。
人との接点ってすぐそこにある・・・
いやー思い知らされます。
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人間ドキュメント:棋士藤沢秀行の生きざま、親父と同世代、囲碁の世界での活躍、
二度の癌治療、スナックでの達観カラオケ、

「秀行さんにとってお酒とはなんですか?」
「・・・(飲まないと)自分の神経にやられちゃうんだよ!上れば上っただけ努力がいるんだよ!・・・大変なんだよ・・・!」

何か心に残ります。
棋聖を目指す弟子の盤上展開への鋭い指導、大変さが滲むシーン、真剣です。
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新年初出勤、徒歩通勤の日常開始、チーン後方から自転車、なんで自転車と歩行者が同じ歩道通行なんや・・!

「すみません、ありがとうございます。」

擦れ違い際の声、小さい子を荷台に乗せたフリースにジーパンの奥様風、暖かい家庭なのかな・・・・
一瞬で切り替わった心の和み、朝礼でも話しました
昨年最終日のコメント大賞
《「世界に一つだけの花」皆の心に種を蒔きつづけよう。》
人の心が中心、一年の始まりに・・・。
 平成18年 1月 6日


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第33回「母や恩人の記憶」

 古株で、永く縁のあるオヤジが他界しました。数々の労苦を共にし、苦言を持って叱咤や気付きをくれた頑固なオヤジ、花を手向け出棺に手を合わせ、惜別を念じる脳裏にもっと関わっておけば・・・の悔恨が胸を衝きます。永く世話になる古手の親方との関わるアイデアを生み出し、感謝を始めようと決意します。

 構造計算の捏造から住居を失うまでの違法建築がありました。
業界の乏しい社会意識に憤りを感じ、消費者無視の施主・設計・施工者、厳しいペナルティーが下ると信じます。
なにより品質への取組を遅滞なくとの決意と、情報開示への行動加速が求められるとの確信境地です。

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最近、朝のNHK連続ドラマが面白い!!「風のハルカ」・・・底抜けの明るさに惹かれる!幼少期の子役の演技も素晴らしい!
忘れていたようなメゲナイ根性、自分と対比して「そんなにズケズケ言えないよな〜・・」と思いつつ続きが楽しみになるドラマです。

 つい最近、お袋の明るさにも驚かされました。
軽い脳梗塞で慌てて病院へ行ったとき、笑いながら紐をつけた動きの悪い足を引っ張り、居座りを直し、看護婦さんの親切を書きとめたノートを見せる母、こんな一面があったっけ・・・参った強さです。

 農家の次女に生まれ公務員に嫁いだ母、着物の糸を解き反物を洗った後、針付きの竹ひごを10p間隔に取り付け、布に張りを持たせ糊付けをする珍しい洗い張りをしていた母、当たり前と思っていたギザ歯の形に切られたバランという幅広の葉の弁当仕切、内職ばかりしている寡黙な粘り強い性格・ちょっと過干渉気味の小言にスゲ−頑固との思いを覆され、いい顔をしていると教わった思いです。

オイルショック不況に会社倒産で転職してきた人、共立に新しい風を起こそうと管理職そっちのけで私を含めた若手2〜3名での朝礼、強烈な上司批判、まもなく会社をやめたけど、斬新な衝撃!忘れられない人・・・。

愚痴を撒き散らす亭主に、「やめたら!」の妻の声。

社長に就任して間もなく、経理操作に 報・連・相 を欠き、社内での独り言・つぶやきに「自分で解決するのが社長でしょ!!」とガツンと一撃の新任事務員。

あまたの恩人の記憶、感謝感謝です。
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今年の秋の旅行、青森から秋田へ、男鹿半島での「なまはげ」実演見学。
「泣く子は居ねーか〜・・・!」「悪い子は居ねーか〜・・・!」
(すごい大声と戸を叩く激しい音)
「悪い嫁っこは居ねーか〜・・・!」
「親の面倒を見ねー嫁っこは居ねーか〜・・・!」
(どすどすと観客の中を厳つい面を突き出し歩き回ります)
  
《庄屋さんと向き合い一献》
「おらのなまはげ帳には、
おまん家の嫁っこは、 なんも親の面倒さ見ねーってけーてあるだ!・・・」


いろいろやり取りは続きます。
「嫁っこはちょっと出掛けとるでもんで、ちゃんと言って聞かすけー、 なまはげさんにゃー心配せんでくだせー・・・。」

この言葉で、なまはげさんは帰ります。


なまはげの伝承は、道徳教育だ、夜中お袋に濡れ縁に出され、雨戸を締め切り改心を促がされたのと同じだ〜。
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人とは投げかける言葉や表情によって、受ける感覚が大いに違ってくるものだと・・、それを言霊という人もいます。

伝統に受け継がれた教育の概念、身近な人からの激励、病んだ母の姿から感じるもの、周りを巻き込み明るい気持ちにする主人公ハルカの人柄、明るく行こう!
最近もらったエールです。
 平成17年 12月 2日
写真は弊社川越が携帯で撮影



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第32回「人の足跡」
一月程前24時間テレビを見ての感想が朝礼の発表として語られた。壮年弁護士の根性ランや、「生きる」をテーマの放送に思いを載せた話、立ち止まって「生」への不思議と刹那の思いがよぎる感覚とからんで思いが深まります。
  癌であと半年の命と知った市役所の市民課長が、生き甲斐を求めてちっぽけな公園を作ることに全力を注ぐ。 半年後、自分の努力で完成した公園のブランコで揺られながら死ぬ。 

黒澤明監督作品の名作「生きる」の主人公渡辺寛治の生き様。

前半は渡辺寛治が一人息子にも死病を打ち明けられない親子の断絶と、生きがいを求める彷徨。 後半は死後 、お通夜の席での下僚たちの回想を通じて、主人公の人生の意味を考える。 

構成のすばらしさ、主人公を演じた志村喬の名演技。
1960年代NYのカーネギーホールの映画館で、アメリカ人の観客がみな泣いた。 

渡辺は自分の元部下で生きがいを求めてやめた若い女性から、自分の作っているウサギのおもちゃを示され「何かを作る」ことの意義を突然理解する。 市役所で20年間、生きていながら死んでいた自分自身と、しなければならないことも。「生きる」・・・ことを。

 ファンドマネージャーの投稿文章を拝借してしまいましたが(無断掲載m(__)m)、かなり昔、テレビで観た印象深い映画で、心の底に眠っていたイメージが朝礼話と同時に見事に蘇ってきたのは驚きでした。やはり名作です。

《高校生100人との会話・細木数子スペシャルでのシーン。》

「”生きる”ってどういうことだか知ってる??」
「・・・・・・・。」
「死ぬために生きるんだよ!食う為に生きるんだよ!その為に稼ぐんだよ!・・・。」    

ウーン…! 高校生沈黙、現実を拒む・迷える若者への叱咤!


月曜日のNHK番組「トイレ掃除から日本を変える」、素手のトイレ掃除を間のあたりにした若者が、ためらいもてらいもない真剣な鍵山さんの姿に気圧され・感動し・何かを見つけてゆく。

行動で示す意志・微塵も揺るがぬ意志、発する気が伝わる、生きることが伝わる。
 

「水滸伝」(北方謙三版)全19巻が完結しました。草の根集団の蜂起、悪政に立ち向かう反乱勢力の趨勢を超長編で綴る中国の小説、国軍の総攻撃に梁山泊軍壊滅・・・そして一人のヒーローが生き残る。

 小説は終っても、その後の展開を意識させる、異国の地から何かが起こるのかな〜?、女真族は歴史の上でも覇権を制したな〜。歴史を絡め空想をもたらす・・・、絶妙です。

そういえば義経はジンギスカンだったなんて話も!元を興した女真族に特異で精強な部族がアムール川上流域で盛長、リーダーは後に名を変えジンギスカンに・・・、ひょっとして平泉から奥州〜蝦夷地〜樺太〜アムール川上流域と進んだ義経が・・・?壮大な仮想に否定しがたい事象がそこここという検証も。

水滸伝で生き残るヒーローの楊令も、頼朝におわれた義経も意識の中で大活躍、1000年の時を超え生き続ける、人の生って無常ではない、人の意志の連鎖が歴史になる・・・。
飛躍飛躍の連想を楽しんでしまいます。

「悪行は飲み込むもの、吐き出しては毒になる。」お寺回りを楽しまれるふとした先輩から聞き覚えました。
人は自分を生きるんじゃなく、他の人の中で生きるんだな〜・・・、なにかそんな思いです。
 平成17年 11月 4日



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第31回 「虹と雪のバラードから」

 ここ最近心にとまる水滴というかはっとの気づきと久しい日々、ちょっとのよどみに、秋だ〜旅なんかいいなとふと思い、昔の旅の思い出をつづってみることにしました。

 娘も最近、卒業旅行に行きたいな〜なんて言います。私の卒業旅行ではないですが、学生結婚を決意した友達のお祝いにと北海道紋別まで行った旅、その時の記憶を・・・。

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 スキーを兼ねてとニセコのロッジに泊まり、ゲレンデが見渡せる二階のレストランから見た松明行列、ゆったりの時間に一人旅の感傷もチョッピリ、聴こえてきた「虹と雪のバラード」、ロッジ正面にそびえるゲレンデ最後の壁、消された照明の中、壁の向こうが明るくなってきたな〜と思った瞬間に現れた光の帯、イイな〜・・・松明の火花が大変そう、ああイイな〜・・・、弦楽のイントロ、どこまでもの広がりをイメージする曲、オリンピックソングだよな・・・、この瞬間にも流れる雪の軌跡も入り混じる幻想は甦ってきます。

 ちょっとしたふれあいもありました、明かりの消されたレストラン、自然に話しの弾んだ食堂のおばさん、親のことやいろいろ話したような記憶もうっすら、そのレストランのオーナー、小樽まで送ってもらったり、小樽の本店でご馳走してもらったり、感謝の記憶は消えません。列車に乗ろうとした小樽の駅、見事に滑って転んだことも。

 遠軽という特急の止まる駅まで6時間、苫小牧の女子学生が網走まで行くという、狭いボックス席、二重窓のほんの少しの隙間から二の腕に積もる粉雪の筋、乗換の遠軽、逆方向へ離れる列車、円くくもりを拭う仕草のエール交換・・、若かりしの私には大きな記憶です。

 今でも連絡を取り合う遠い友達、なにより朝4時半に着いて6時まで待った駅の記憶、寒い〜の最上級表現が何かないかとの凍えた待合室、浮かぶ流氷が港にも・・と歩いての紋別市内見学、結婚のお祝いはジョニ黒一本だけでした。

 様々な旅の思い出、八戸の演奏会出演・・盆踊り太鼓に観客移動の失意、郡上八幡踊りあかしと収容大オーバー民宿での夜中のトイレ行、小笠原船上バンドでの船酔いやら鮫までの夜釣り、旅への誘いは椅子の背にも似て生きる前向きのよう、わずかの自尊として未来に関わるのでしょうか。
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 中国春秋時代・斉の英傑「管仲」は紀元前300年頃の人、「恭しむ(つつしむ)とは自分の弱さと闘うこと・・」「人は自分のことが最もわからない・・」、と本での言葉。
小説の表現であっても、史書に添うとは人への影響となる生き様があったに他ならなく、歴史の真理への畏敬を感じます。

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 「非日常の判断・パラダイムシフト・立ち位置を変えてみる、歴史の変革は蝶の羽ばたきに似た個の気づきの連鎖から始まる。」と北川先生の公演を聞きました。

 日常を流さず生きるのも大変なエネルギーと思いつつ、支えの尊厳づくりへの新たな旅を思い、恭しみのバトル・・次のラウンドが始まります。
※北川正恭氏: 元衆議院議員から三重県知事、現早稲田大学大学院公共経営学教授
SEC講習会で政治改革への取組みから三重県庁での意識構造の改革まで心に残る公演を聴かせていただきました。
 平成17年 10月 7日
(写真と本文は無関係です)